能「胡蝶」は観世小次郎信光の作とされています。
時代は十五世紀後半の『室町乱世』であります。
どうやら小次郎信光は「乱世の天才」だったようなのです。
『信光が能界に活躍した十五世紀後半は、いよいよ社会不安のつのった時代である。
さまざまの政争、会戦、徳政一揆をはじめ、諸種の徒党の蜂起があいついだ。
能楽の重要なパトロン足利将軍家の政治の矛盾の露呈と、その権威の失墜の結果である。
社会不安、能の基盤の貧困さ
(「天下ノ大乱二依リ猿楽共ノ計会以外也云々。装束等ノ事正体無シ」と[雑事記]はしるす)に加えて、〜中略〜さらに大乱勃発の応仁元年の音阿卒し、文明二年(1470)に正盛大夫が頓死する([雑事記])という、一座始まって以来のピンチが到来した。』


ありがたやこの妙典の功力に引かれ・・
天冠に胡蝶戴(※1)をつけた後シテ、胡蝶ノ精が現れ「ありがたや・・」とサシを謡ひ出し、
ワキはその美しき姿を認め、シテは「隔てぬ梅に飛び翔りて」と作物(※2)へツメて両袖をアシラヒ、太鼓(おおつづみ)入りの華やぎたるノリ地となり、「袂も匂ふ氣色かな」と中之舞を舞ふ。
※1胡蝶載:胡蝶の精を象徴する蝶の立物がある、彩色あり、蝶冠。
※2梅立木丸臺直径三尺の丸臺輪に、梅香の木を樹て、舞臺正面に出し据る。
画像は「能の四季」京都書院アーツコレクションより
夏目漱石、我輩は猫である「猫の主人(飼い主)」の珍野苦沙弥先生は、
後架(トイレ)に入ると必ず謡の一節「これは平宗盛にてそうろう」
(「熊野 」のワキの名乗)と唸るので、
近所から後架先生とあだなをつけられた・・・と。
藤城繼夫著
「能楽今昔ものがたり」と云う本の
「漱石と謡曲」を読んでいたら、そんなくだりがありました。
あれ?そんな箇所あったかな・・・
漱石は大好きですが、「我輩は猫である」を読んだのは 随分前の事なので
すぐには思い出せず、青空文庫で確かめてみたところ、 ありました、ありました。
後架の中で謡をうたって、
近所で後架先生と渾名をつけられているにも関せず
一向平気なもので、やはりこれは平の宗盛にて候
を繰返している。
みんながそら宗盛だと吹き出すくらいである。
凝り性の漱石は宝生流に師事し、随分と熱中した様が、他の作品も含めて紹介されていました。『永日小品』の「元旦」。
観世謡本は下図のような和綴じ本です。画面右上は「観世謡曲全集」百番が入っていますが、和とじ本のような注釈が無く原文のみです。(古典初心者の私にとって、和とじ本ならなんとか物語として楽しめます。購入の際はお気をつけて、内容確認してくださいね。また、胡蝶は百番には入っていません。)画像は昭和後半に使用していたものですから、ぼろぼろ。
他派の本は読んだことが無いのですが、派によって内容も若干ちがうとのことです。

和とじ本(観世流特製一番本(大成版)注釈はこんな具合に書いてあります。(引用部二十括弧、本文緑字儘です)
『荘子が徒に見し夢ー前に述べた荘子が胡蝶になったといふ故事をさす その夢の儚さにも似た此世の現のさまはあはれであるとの意。』
(ちょっと「斉物論」とは違う展開だとは思いますが、故事としての引用と考えて)
さあ、先回の続きです。原文儘でも下知識があればなんとなく読めると思いますので、そのまま進みます。「花園の胡蝶をさへや下草にまつ虫はうとく見るらん 」の歌は源氏物語「胡蝶」より。解説は源氏物語 胡蝶 其の弐
傳へ聞く唐土乃 荘子が徒に見し夢乃
胡蝶の姿うつつなき 浮世の中ぞあはれなる
定めなき世と云いながら 官位も影高き
光源氏゛の古も 胡蝶の舞人色々の
御舟に飾る金銀乃 瓶に挿す山吹乃
襲の衣を懸け給ふ 花園乃胡蝶をさへや下草に
秋まつ虫ハうとく見るらんと詠めこし
一般過去記事
能楽「胡蝶」のはじまりは、うららかな春の日に旅支度の僧侶の独り言からはじまります。
観世流、いわゆる「謡本」 から、原文まじりに現代語訳、意訳いたします。お能の本筋からはずれますが、古典の「物語」として読みすすめてゆきますので、何卒おゆるしください。
春立つ空の旅衣
春立つ空乃旅衣 日も長閑なる山路かな
これは和州三吉野の奥に山居の僧にて候・・・
私は三吉野の山奥に住む僧侶です。
花の名所といわれる吉野に住んではいるものの、
未だ花の都(京都)というところを見たことがありません。
この春には決心して名高い都を一目みようと思い、
まだ山嶺に雪の残る故郷の象の山を越えて
霞のかかる奈良の三笠山を通り、花の都にたどり着いたのでした。
都に着き、ここは何処だろうと人に尋ねたところ「一条大宮」とのこと 
見わたせばなにやら由(よし)ありげな古宮がある
軒の檜皮(ひわだ)は苔むしている 、かなり古そうだ
ふと、柴垣の隙より見ると、みごとな梅が今を盛りと咲いていた。
近寄って眺めようとすると
「僧侶どのはここを何處と思われてこの梅をご覧になっていらっしゃるのですか」
・・・・ 人は居ないと思っていたのに、
女人がひとりやって来て言葉をかけてくるではないですか
過去記事は能楽もくじ 一般過去記事もくじ
さて”胡蝶の夢”って言葉、よく聴きますよね。
これって荘子なんです、と云ってもご存知の方のほうが多いでしょうが。
ちょっと突っ込んで書き出してみます。
まずは斉物論本文より、現代語訳・・・中央公論社 世界の名著より
(本記事末尾に漢文原文)

「いつか荘周(わたし)は、夢のなかで胡蝶になっていた。
その時 私は喜々として胡蝶そのものであった。
ただ楽しいばかりで、心ゆくままに飛び回っていた。
そして自分が荘周(そうしゅう)であることに気がつかなかった。
ところが、突然目がさめてみると、まぎれもなく荘周そのものであった。
いったい荘周が胡蝶の夢を見ていたのか、それとも胡蝶が荘周の夢をみていたのか、
私にはわからない。
けれども、荘周と胡蝶とでは、確かに区別があるはずである。
それにもかかわらず、その区別がつかないのは、なぜだろうか。
ほかでもない、これが物の変化というものだからである。」
『斉物論』を一言で説明するのは危険なのでしょうが、敢えて数箇所、書き出してみます。
『すべてをひとしいとし、すべてをそのままに肯定する万物斉同の立場からすれば、是非善悪や美醜など、いっさいの対立が消失する』
既に己に一たり。
永遠の天地も、わがつかのまの人生とひとしく、数知れない万物も、われひとりにひとしい、ということもできよう。このようにして、すべては一つである。
一般過去記事はもくじへ
さて、前回に引き続き能楽 胡蝶 の舞台背景として 「源氏物語」胡蝶を中心に
まずは船楽にもちいた船、龍頭鷁首から
<龍頭鷁首>りょうとうげきしゅ〜日本古典文学全集(全集)
日本古典文学大系(大系)
りょうどうげきしゅ〜谷崎潤一郎訳
りゅうとうげきしゅ〜与謝野晶子訳
りゅうとうげきす、りょうとうげきす・・という読みもあるようです。
さて、なんとよみましょうか・・?
「りゅう」と読みたいところを「りょう」と読むと
響きが美しいようにもおもいます、
皆様はいずれがお好みでしょう
『龍も鷁も空想上の動物で、龍(りゅう)は水を渡り、鷁(げき)は風を受けてよく飛ぶので水難を防ぐまじないとする』全集注より。龍頭鷁首船紫式部日記絵詞美術館が公開しています。画面奥が「鷁首」手前が「龍頭」。見ている人物は藤原道長。風俗博物館の画像はもう少しはっきりと解ります。
さて、源氏物語「胡蝶」をもう少し読みすすめます。
明けて翌日の中宮の御読経(みどきょう)には、春の御殿に参上した公卿たちが、ほとんどそのまま中宮の御方に参上した。紫の上も供物のお花を準備して、鳥・蝶の装束に着飾った童女八人を使いとして届けさせえる。夕霧を使者にして、中宮と詩を読み交わした。
それは、昨年、六条院に移ったときに、二人の間に繰り広げられた春秋優劣論のつづきであった。巻名は、この贈答歌に「胡蝶」が詠み込まれたことによる。
※御読経は春と秋の吉日を選び、紫宸殿(ししんでん)に百僧を請じて四日間大般若経を講ずる。貴族の私邸でもおこなわれた。六条院での法会も盛大に行われた。
法会には伽陵頻と胡蝶を奏ずる例があるとのこと(谷崎本より)。
紫の上から、秋好中宮に花とともに贈られた歌は
花園の胡蝶をさへや下草にまつ虫はうとく見るらん
中宮よりの返歌
「昨日は羨ましくて、泣きたいほどに思いました」・・と
こてふにも誘われなまし心有りて
八重款冬(やえやまぶき)をへだてざりせば
歌は谷崎潤一郎訳と解説で書き出します
キーワード:源氏物語 胡蝶 六条院春の御殿の美しさ 爛柯(らんか)の故事
能楽もくじ 過去記事一覧はもくじへ
能楽「胡蝶」には舞台設定として「一条大宮の古宮で催されたはなやかな春の宴」のことがちらりと出てきます。これは光源氏の住まい、六条院での春の宴お話しを踏まえています。では、どんな宴だったのでしょうか・・?まずは源氏物語からお話しいたしましょう。 (日本古典文学全集 底本 大島本)
・・・紫の上のいらっしゃる六条院の南の御殿(春の御殿)では、ゆく春を惜しんで池に龍頭鷁首(りょうとうげきしゅ)の船を浮かべ、船楽の遊びをおこなう・・・
三月の二十日過ぎのころ、春の御殿(紫の上の居所)
の有様は、常にもましてことのほかに美しさのかぎりを
尽くして咲き誇る花の色、鳥の声に、
ほかの方々のことろからは
「あちらではまだ盛りがすぎないのだろうか」
と不思議にすばらしく見えたり聞こえたりする。
築山(つきやま)の木立や中島のあたり、
緑が濃くなった苔の風情などは、若い女房たちがわずかにしか見られなくてもどかしく思っているようなので、かねて唐風の船をお造らせになっていたのを、急いで船装いをおさせになって、はじめて池にお浮かべになる日には、雅楽寮(うたつかさ)の人をお召しになって、船楽(ふながく)をお催しになる。親王たちや上達部(かんだちめ)など大勢が参上された。
(船の上に居る、後ろ向きの装束は胡蝶に似ていますが伽陵頻かりょうびん、あたまに付けているのは桜です。説明は次回に)
こてふ 源氏物語
三月の二十日あまりのころほひ、春の御前のありさま、
春の御殿の美しさは、さらにこのように表現されています