キーワード: 明石・須磨 龍王 龍の頸の玉 能楽もくじ過去記事もくじ
世の中いとわずらはしく、はしたなきことのみまされば、
せめて知らず顔にあり経ても、これよりまさることもなしやと思しなりぬ。
かの須磨は、昔こそ人の住み処などもありけれ、
今はいと里ばなれ心すごくて、海人の家だにまれになど聞きたまえど・・・
世の中がたいそう面倒に、居心地の悪いことばかりが殖(ふ)えてきますので、
努めて平気を装って行くにしても、今にこれ以上の目に遭うようなこともと、
思うようにおなりになりました。
あの須磨は、昔こそ人の住家(すみか)などもありましたものの、
今はたいそう人里を離れた、荒れ果てた感じになっていまして、
海人の家さへ稀でありました
源氏物語 明石より
−−− −−−− −−−
父であった桐壺院が崩御すると、権威は右大臣方に移った。
右大臣・弘徽殿方の攻撃はいよいよ激しくなるだろう。
様々な波紋を回避するために、都を後に摂津国(兵庫県)
須磨に退去するのは源氏、二十六歳の春であった。

世の中いとわずらはしく、はしたなきことのみまされば、
せめて知らず顔にあり経ても、これよりまさることもなしやと思しなりぬ。
かの須磨は、昔こそ人の住み処などもありけれ、
今はいと里ばなれ心すごくて、海人の家だにまれになど聞きたまえど・・・
世の中がたいそう面倒に、居心地の悪いことばかりが殖(ふ)えてきますので、
努めて平気を装って行くにしても、今にこれ以上の目に遭うようなこともと、
思うようにおなりになりました。
あの須磨は、昔こそ人の住家(すみか)などもありましたものの、
今はたいそう人里を離れた、荒れ果てた感じになっていまして、
海人の家さへ稀でありました
源氏物語 明石より
−−− −−−− −−−
父であった桐壺院が崩御すると、権威は右大臣方に移った。
右大臣・弘徽殿方の攻撃はいよいよ激しくなるだろう。
様々な波紋を回避するために、都を後に摂津国(兵庫県)
須磨に退去するのは源氏、二十六歳の春であった。

須磨は予想をこえてうら寂しい所だった。
反対勢力の力が増すと、都からの文もいよいよ少なくなり、心細さはましていく。
秋は、ひとしおものを思わせる風がふき、海は少し遠いけれど荒れる浪の音が夜毎に聴こえて来て、心にしみた。源氏の君の御前にはまったく人も居ず、誰もかれも皆、寝静まっている中で、君はひとり目を覚まし、枕から頭をもたげて四方のはげしい風をお聞きになる。波がすぐここにうち寄せてくるように思われて、涙が流れてしかたなかった。
昼間は琴を弾いたり、なにかと気を紛らわせて絵を描いたりもなさった。
在京のころはただはるかに想像していらっしゃっただけの磯の風景、またとなくお上手に沢山お写しになられる。
様々なことはなお一層こころにしみて趣深く写るのであった。
あけて春には良いこともあった。
右大臣派の勘気に触れることも恐れず、頭の中将(宰相中将)が尋ねてきてくれた。
体制に背いて源氏との友情を保ち続ける気骨の人であり、源氏の感激はどれほどであったことか。
短い間ではあったが楽しいときをすごし、帰って行ったのであるが、源氏が帰京の後には対立関係に入ることも覚悟せねばならなかった。
−−−− −−− −−−− −−−−
さて、三月の初旬にまわってきた巳の日のことでございます、
この国に通ってくる陰陽師をお呼びになり、お祓いをおさせになさいました。
略式で幕を張りめぐらして、舟に物々しい人形(ひとがた)をのせて流し
八百よろず神もあはれと思ふらむ
おかせる罪のそれとなければ
(やおよろずの神も私のことをあわれんでくださるでしょう、
犯している罪がこれといってないのですから)
と源氏の君が仰せになったところ、にわかに風吹き、空も真っ暗になったのです。
人々はお祓いもすませずに騒ぎ始めます。激しい雨が叩きつけるように降りだし、何もかも吹き飛ばす凄まじい風です。海は白いふすまを張ったように一面に光って、雷鳴がとどろき、稲妻がひかりました。

かくて世は終わりになるかと心細い感じがしたのですが、君は静に一心に経を誦(ずん)じていらっしゃる。
日が暮れて、雷は少しおさまってきたのですが、風は夜も吹いていました。
「もう少しこれが続いたら、波に巻き込まれて海に引き入れられてしまうのだった。」と人々はすこしほっとして語り合ったのでした。
明け方になって皆が寝てしまい、君もうとうとなさると、
何者とも知れぬ人がやって来て
「など、宮より召しあるには参りたまはぬ」
「宮からお召しになりましたのに、どうしておこしになりません」とあたりを捜し歩いているのです。
源氏の君はとたんに目が醒めて
「さてはあの、美しい物をえらく欲しがるという海のなかの龍王が、
私を魅入って海に引き込もうとしているのではないか・・・」
とまことに気味悪く、この海辺の住まいは堪えられそうに無いという気持ちになったのでありました。
<これより先は『明石』の抄にうつります>
雨は依然として止まず、都でもひどい天候で・・と京からも便りが来ました。
嵐はいくにちも続き、こんなことが続いているうちにこの世は滅びてしまうのではないかと思われたのです。
「住吉の神よあなたはこのあたり一帯を鎮め護っていらっしやいます。もし真実本地垂迹の神ならば、どうぞお助けください」と多くの願をおたてになる。
海の中の龍王やそのほか数多くの神々に願をおたてになると雷は一層ひどくなり、
とうとう廊に雷が落ち、ごうごうと炎が燃え上がりました。
人々が泣き叫ぶ声は雷にも劣らないものでした。
雲は墨を磨ったようで、そのまま日も暮れてしまいます。
しだいに風が吹き弱り、雨が静かになって、星が見えてきたので、落ち着こうとなさるのですが、あれこれと思案をするにつけ落ち着きません。月が出て、潮が御座所ちかくまで満ちてきた跡もありありと見えて、嵐の余波でいまなお寄せてはかえす波が荒いのを、柴の戸をおしあげて眺めていらっしゃいました。
この辺りには、物事に分別があり、過去のこと将来のことも判断できてわきまえの付く人も居ないのです。
一日中激しく荒れ狂った雷騒ぎで、ああして気強くかまえていらっしゃいましたが、ひどくお疲れになってしまい、ついうとうととなさいました。
ただ 物に寄りかかって座っていらっしゃったところへ、
亡き父院が生前のお姿そのままのお姿でお立ちになられて
「どうしてこのような見苦しい所にいるのか」と仰せになる。
「住吉の神のお導きなされるままに、早く舟出して、この浦を立ち去ってしまいなさい」と。
源氏の君は
「父君、お別れ申しあげてから、さまざまに悲しいことばかり多くて、
できることなら今この渚に身を捨ててしまいとうございます」と申しあげなさる。
「身を投げるなどと決して思ってはならない、これはほんの些細なことの報いなのだ。
自分は帝位にあったとき、失政はなかったけれど、知らず知らずのうちに犯した罪があったので、死後はその罪を償うまでの間、この世の事をかえりみている暇が無かったのだが、
そなたが酷い苦しみに沈んでいるのを見ると、我慢できなくなり、海に入り、渚に上り、はるばるここまでやって来た。たいそう疲れてしまったけれど、このようなついでに帝にも申しあげなくてはならないことがあるので、これから急いで京へ上がるところだ」と仰せになってお立ち去りになってしまった。
源氏の君は、たまらなく悲しくて「私も供に参上いたします」と泣き入ってしまわれて、おもわず顔を見上げられると既に人影は無く、ただ月のみがきらきらとしていたのです。
夢のようにも思われず、父君の御気配があたりに残っているような心地がしているのですが、
空の雲はただ あはれにたなびいてるばかりでした。

<追記めいたもの>
『万葉集』に「須磨の海人の塩焼き衣の藤衣間遠にしあればいまだ着なれず」
すまのあまの しおやききぬの ふぢころも まとほにしあればいまだきなれず とあり
明石・須磨は海人(魚師)が塩を焼く土地として知られていました。
また、源氏物語のこの須磨〜明石の入道の姫のお話は、『若菜』で既に先を暗示するべくさらりと出ています。
「そんな秘蔵の娘なら海龍王の后にでもなったらよかろう」
陰陽師の祓いの途中に突然起こった嵐は、龍王〜海にすむという龍神が源氏を海の底に引き込むためだったのか、「宮より・・」とやってきたのは龍神の遣いなのか、住吉の神の遣いなのか、原文にははっきりと書いてありません。
こういう所にも深く引き込まれてしまいます。
また、源氏が須磨で書いた「絵日記」はのちに『絵合』で素晴らしい絵を持ち合って競い合う場面で出てきます。ひとり寂しく須磨で描いた絵はとてもすばらしく、敵方(?)の弘徽殿を圧して源氏方に「勝ち」をもたらします。
からみあう伏線は読めば読むほど深まってゆくのです。
須磨と明石は8キロほど離れた距離にあります。『かぐや姫』で「龍の頸の玉」を求めて舟にのり、嵐にあってながれつくのも明石です。
明石、須磨は「龍神」が住まう地、龍神の嵐の海でもあったわけです。
源氏物語のおはなしはきりがありません。玄象に特に関係した部分のみ書き出しました。
画像はフォトライブラリーより http://www.photolibrary.jp/category.html
参考図書
全訳 源氏物語 上 与謝野晶子 角川文庫
新々訳 源氏物語 巻一 谷崎純一郎 中央公論社
源氏物語 三 日本古典文学全集 小学館
日本の古典を見る 竹取物語 世界文化社
源氏物語字典 大和書房
源氏物語を行く 小学館
反対勢力の力が増すと、都からの文もいよいよ少なくなり、心細さはましていく。
秋は、ひとしおものを思わせる風がふき、海は少し遠いけれど荒れる浪の音が夜毎に聴こえて来て、心にしみた。源氏の君の御前にはまったく人も居ず、誰もかれも皆、寝静まっている中で、君はひとり目を覚まし、枕から頭をもたげて四方のはげしい風をお聞きになる。波がすぐここにうち寄せてくるように思われて、涙が流れてしかたなかった。
昼間は琴を弾いたり、なにかと気を紛らわせて絵を描いたりもなさった。
在京のころはただはるかに想像していらっしゃっただけの磯の風景、またとなくお上手に沢山お写しになられる。
様々なことはなお一層こころにしみて趣深く写るのであった。
あけて春には良いこともあった。
右大臣派の勘気に触れることも恐れず、頭の中将(宰相中将)が尋ねてきてくれた。
体制に背いて源氏との友情を保ち続ける気骨の人であり、源氏の感激はどれほどであったことか。
短い間ではあったが楽しいときをすごし、帰って行ったのであるが、源氏が帰京の後には対立関係に入ることも覚悟せねばならなかった。
−−−− −−− −−−− −−−−
さて、三月の初旬にまわってきた巳の日のことでございます、
この国に通ってくる陰陽師をお呼びになり、お祓いをおさせになさいました。
略式で幕を張りめぐらして、舟に物々しい人形(ひとがた)をのせて流し
八百よろず神もあはれと思ふらむ
おかせる罪のそれとなければ
(やおよろずの神も私のことをあわれんでくださるでしょう、
犯している罪がこれといってないのですから)
と源氏の君が仰せになったところ、にわかに風吹き、空も真っ暗になったのです。
人々はお祓いもすませずに騒ぎ始めます。激しい雨が叩きつけるように降りだし、何もかも吹き飛ばす凄まじい風です。海は白いふすまを張ったように一面に光って、雷鳴がとどろき、稲妻がひかりました。

かくて世は終わりになるかと心細い感じがしたのですが、君は静に一心に経を誦(ずん)じていらっしゃる。
日が暮れて、雷は少しおさまってきたのですが、風は夜も吹いていました。
「もう少しこれが続いたら、波に巻き込まれて海に引き入れられてしまうのだった。」と人々はすこしほっとして語り合ったのでした。
明け方になって皆が寝てしまい、君もうとうとなさると、
何者とも知れぬ人がやって来て
「など、宮より召しあるには参りたまはぬ」
「宮からお召しになりましたのに、どうしておこしになりません」とあたりを捜し歩いているのです。
源氏の君はとたんに目が醒めて
「さてはあの、美しい物をえらく欲しがるという海のなかの龍王が、
私を魅入って海に引き込もうとしているのではないか・・・」
とまことに気味悪く、この海辺の住まいは堪えられそうに無いという気持ちになったのでありました。
<これより先は『明石』の抄にうつります>
雨は依然として止まず、都でもひどい天候で・・と京からも便りが来ました。
嵐はいくにちも続き、こんなことが続いているうちにこの世は滅びてしまうのではないかと思われたのです。
「住吉の神よあなたはこのあたり一帯を鎮め護っていらっしやいます。もし真実本地垂迹の神ならば、どうぞお助けください」と多くの願をおたてになる。
海の中の龍王やそのほか数多くの神々に願をおたてになると雷は一層ひどくなり、
とうとう廊に雷が落ち、ごうごうと炎が燃え上がりました。
人々が泣き叫ぶ声は雷にも劣らないものでした。
雲は墨を磨ったようで、そのまま日も暮れてしまいます。
しだいに風が吹き弱り、雨が静かになって、星が見えてきたので、落ち着こうとなさるのですが、あれこれと思案をするにつけ落ち着きません。月が出て、潮が御座所ちかくまで満ちてきた跡もありありと見えて、嵐の余波でいまなお寄せてはかえす波が荒いのを、柴の戸をおしあげて眺めていらっしゃいました。
この辺りには、物事に分別があり、過去のこと将来のことも判断できてわきまえの付く人も居ないのです。
一日中激しく荒れ狂った雷騒ぎで、ああして気強くかまえていらっしゃいましたが、ひどくお疲れになってしまい、ついうとうととなさいました。
ただ 物に寄りかかって座っていらっしゃったところへ、
亡き父院が生前のお姿そのままのお姿でお立ちになられて
「どうしてこのような見苦しい所にいるのか」と仰せになる。
「住吉の神のお導きなされるままに、早く舟出して、この浦を立ち去ってしまいなさい」と。
源氏の君は
「父君、お別れ申しあげてから、さまざまに悲しいことばかり多くて、
できることなら今この渚に身を捨ててしまいとうございます」と申しあげなさる。
「身を投げるなどと決して思ってはならない、これはほんの些細なことの報いなのだ。
自分は帝位にあったとき、失政はなかったけれど、知らず知らずのうちに犯した罪があったので、死後はその罪を償うまでの間、この世の事をかえりみている暇が無かったのだが、
そなたが酷い苦しみに沈んでいるのを見ると、我慢できなくなり、海に入り、渚に上り、はるばるここまでやって来た。たいそう疲れてしまったけれど、このようなついでに帝にも申しあげなくてはならないことがあるので、これから急いで京へ上がるところだ」と仰せになってお立ち去りになってしまった。
源氏の君は、たまらなく悲しくて「私も供に参上いたします」と泣き入ってしまわれて、おもわず顔を見上げられると既に人影は無く、ただ月のみがきらきらとしていたのです。
夢のようにも思われず、父君の御気配があたりに残っているような心地がしているのですが、
空の雲はただ あはれにたなびいてるばかりでした。

<追記めいたもの>
『万葉集』に「須磨の海人の塩焼き衣の藤衣間遠にしあればいまだ着なれず」
すまのあまの しおやききぬの ふぢころも まとほにしあればいまだきなれず とあり
明石・須磨は海人(魚師)が塩を焼く土地として知られていました。
また、源氏物語のこの須磨〜明石の入道の姫のお話は、『若菜』で既に先を暗示するべくさらりと出ています。
「そんな秘蔵の娘なら海龍王の后にでもなったらよかろう」
陰陽師の祓いの途中に突然起こった嵐は、龍王〜海にすむという龍神が源氏を海の底に引き込むためだったのか、「宮より・・」とやってきたのは龍神の遣いなのか、住吉の神の遣いなのか、原文にははっきりと書いてありません。
こういう所にも深く引き込まれてしまいます。
また、源氏が須磨で書いた「絵日記」はのちに『絵合』で素晴らしい絵を持ち合って競い合う場面で出てきます。ひとり寂しく須磨で描いた絵はとてもすばらしく、敵方(?)の弘徽殿を圧して源氏方に「勝ち」をもたらします。
からみあう伏線は読めば読むほど深まってゆくのです。
須磨と明石は8キロほど離れた距離にあります。『かぐや姫』で「龍の頸の玉」を求めて舟にのり、嵐にあってながれつくのも明石です。
明石、須磨は「龍神」が住まう地、龍神の嵐の海でもあったわけです。
源氏物語のおはなしはきりがありません。玄象に特に関係した部分のみ書き出しました。
画像はフォトライブラリーより http://www.photolibrary.jp/category.html
参考図書
全訳 源氏物語 上 与謝野晶子 角川文庫
新々訳 源氏物語 巻一 谷崎純一郎 中央公論社
源氏物語 三 日本古典文学全集 小学館
日本の古典を見る 竹取物語 世界文化社
源氏物語字典 大和書房
源氏物語を行く 小学館
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