芥川龍之介の著作発表年
羅生門 大正四年十一月 帝国文学
鼻 大正五年二月 新思潮
大学時代の最後の年、大正五年の二月に第四次「新思潮」が創刊された。
芥川龍之介はこの創刊号に「鼻」を発表する。
『羅生門』が当時ほとんど無反響に終わったに反して、『鼻』は彼がその門に出入りした夏目漱石から絶賛され、ひいては彼の文壇に第一歩を印するきっかけとなった。(新潮文庫解説より抜粋)
・・漱石が羅生門より鼻を気に入ったと云うエピソードは、はなんとなく納得できるように思えます。
さて、今回は『鼻』の元になったお話し
主人公「禅智内供ぜんちないく」の鼻が如何に「在り得ないもの」であったかの長い説明から入ります。全体を三回に分け、原文、現代語訳紹介いたします。
今昔物語集 巻第二十八 本朝付世俗
池尾の禅珍内供の鼻の語 第二十
池尾禅珍内供鼻語第二十 いけのをぜんちないくのはなのことだいにじふ
宇治拾遺物語 同説話は「鼻長僧の事」巻第二ー七
今昔、池ノ尾ト云フ所ニ禅智内供ト云フ僧住キ。
今は昔、池尾(いけのお)という所に禅智内供(ぜんちないく)という僧が住んでおった。
身浄クテ真言ナド吉ク習ヒテ、懃二行法ヲ修シテ有ケレバ、
池ノ尾ノ堂塔僧坊ナド、露荒タル所無ク、
常灯仏聖ナドモ不絶ズシテ、折節ノ僧共、寺ノ講説ナド
滋ク行ハセケレバ、寺ノ内二僧坊隙マ無ク住賑ハヒケリ。
湯屋ニハ寺ノ僧共、湯不涌サヌ日無クシテ、浴喤ケレバ、
賑ハヽシク見ユ。
此ク栄ユル寺ナレバ、其ノ辺二住ム小家共、
員数出来テ、郷モ賑ハヒケリ。
道心堅固で、真言(災厄・疾病のための加持祈祷の呪文)などをよく習い、
行法(仏法修行)を熱心に修めていたので、
池尾の堂塔・僧坊などは少しも荒れた所がなく、
常夜灯や御供物なども絶えることなく、季節々々の僧供は欠かさず、
寺での講説などもしじゅう行わせた。
そのため、境内にはぎっしり僧坊が立ち並び、多くの僧が住みにぎわっていた。
浴室には寺の僧共が湯を沸かさぬ日もなく、
入浴しながら盛んに話し合い、いかにもにぎやかに見えた。
このように栄えている寺なので、そのあたりに住む小家の数もどんどんふえ、
里もにぎわっていた。
然テ、此ノ内供ハ、鼻ノ長カリケル、五六寸許也ケレバ、
頷ヨリモ下テナム見エケリ。色ハ赤ク紫色ニシテ、
大柑子ノ皮ノ様二シテツブ立テゾフクレ※タリケル。
其レガ極ク痒カリケル事無限シ。
ところで、この内供(ないく)は鼻の長いこと、
実に五六寸(15〜18cm)ほどもあったので、
あごの先より下がって見えた。
赤く紫色で、大きな柑子(こうじ〜夏みかん状の大みかん)の皮のように
つぶつぶしてふくれていた。それがひどく痒くてどうしようもない。
※フクレは暴+皮ですが描出できませんでした。
然レバ提二湯ヲ熱ク涌シテ、折敷ヲ其ノ鼻通ル許二掘テ、
火ノ気二面ノ熱ク炮ラルレバ、其ノ折敷ノ穴二
鼻ヲ指シ通シテ、其提二指入レテゾ茹。
紫色二成タルヲ、蕎様二臥シテ、鼻ノ下二物ヲカヒテ、
人ヲ以踏スレバ、吉ク茹テ引出タレバ、
色ハ黒ク、ツブ立タル穴毎二、煙ノ様ナル物出ヅ。
其レヲ責テ踏メバ、白キ小虫ノ穴毎二指出タルヲ、
鑷子ヲ以テ抜ケバ、四分許ノ白キ虫ヲ穴毎ヨリゾ抜出ケル。
其ノ跡ハ穴ニテ開テナム見エケル。
其レヲ亦同ジ湯二指入レテサラメキ、湯二初ノ如ク茹レバ、
鼻糸小サク萎ミ脧テ、例ノ人小キ鼻二成ヌ。
亦二三日二成ヌレバ、痒リテフクレ※延テ、
本ノ如クニテ腫テ、大キニ成ヌ。
如此クニシツ、腫タル日員ハ多クゾ有ケル。
そこで、提(ひさげ)に熱湯を沸かし、折敷にその鼻が通るほどの穴をあけ、熱気で顔が火傷するので、その折敷の穴に鼻をさし通し、提にさしこんで茹でる。そうして紫色になったところを、横向きに寝て、鼻の下に物をあてがって人に踏ませる。よく茹でて引き出したので、色は黒々としており、粒だった穴の一つ一つから、煙のようなものが出る。さらに強く踏ませると、その穴ごとに、白い小さな虫が頭を出す。それを毛抜きで取ると、四分ほどの白い虫が抜け出る。出た跡は穴があいたようになっている。それをまた同じ湯にさし込んでさらさらとはじめと同じく茹でると、鼻は小さくしぼみ縮んで普通の人のような小さい鼻になる。ところ、また二三日もたつとかゆくなり、ふくれて延びて、またもとのように腫れ上がり、大きな鼻になった。こんなことをくり返していたが、結局腫れている日のほうが多かった。
提(ひさげ)は酒や水を注ぐのに用いた、注ぎ口のある容器。
折敷(をしき)薄く削った板を折りまわして縁にして作られた四角の盆。
主に食器を載せるのに使われた。
〜〜次回へつづきます
参考文献
今昔物語集 巻第二十八 本朝付 世俗 池尾禅智内供鼻語第二十
底本 東京大学国語研究室蔵十五冊本
日本古典文学全集 今昔物語集 三 小学館
※表題は「禅珍」、宇治拾遺は「善珍」
〜宇治拾遺にも内容おなじ説話あり「鼻長僧の事」巻第二 七
羅生門・鼻 芥川龍之介 新潮文庫
(文頭画像はこの本の表紙です)
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『羅生門』が当時ほとんど無反響に終わったに反して・・
と文庫の解説から書きましたら、友人から「当時帝国文学に発表された作品は、現在文庫で読むものと若干違うのですよ」と教えてもらいました。細かなところですが、後になって手直ししたそうです。
また、その資料には、『羅生門』に関しての関連ノートや草稿がいくつもありました。
芥川龍之介は私の中で『とにかく天才』と云うイメージが強かったのですが、完璧主義であるとともに勤勉な努力家でもあったようです。
帝国文学資料がネットで手に入るのかどうかまでは調べていませんが、貴重な資料の存在を教えてもらいましたので、ここにお伝えしておきます。
2008.07.07 23:16 URL | 丹桂 #S2b0Fqvo [ 編集 ]
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