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  無弦弓 牡丹灯篭〜伽婢子「とぎほうし」または「おとぎぼうこ」

  無弦弓

                       吾生まれて世にはぐれたる迷ひ子の・・ゆるり、ふらり、と独り言 戯言 〜〜日本の古典文学と詩歌を読みすすめています

キーワード:伽婢子 浅井了意  一般もくじ 怪談もくじ
牡丹灯篭 かぶき

牡丹灯籠伽婢子より。
とぎほうしとよむかおとぎぼうこと読むかは論議があるのですが、作者は「とぎはふし」と仮名をうっています。しかし本の題名としては何故か「おとぎぼうこと読む」が慣わしのようです(近世怪異小説研究より)。
伽婢子は寛文六年に浅井了意が中国や朝鮮の怪談を日本に舞台を移し書き直したもの。(三話のみは別)
単に「書き直す」「和訳」といだけではなく、和歌を読み込んだり、設定にさまざまな時代背景を持たせたり、と文学的にも評価が高いものです。牡丹灯篭は歌舞伎や落語にもなり、後世にまで愛される作品の一つです。
左画像は歌舞伎の物(灯篭に牡丹の花)。古い本の小さな挿絵なので画像が悪いのですが、そこはご愛嬌といふことで。怪談名作集(昭和二年)より〜詳しくは怪談もくじにあり。
では、とにかくはじめましょう


牡丹灯籠

           ぼたんどうろう
毎年の七月十五日より廿四日までは聖霊の棚をかざり、家々これをまつる。
又いろいろの灯籠を作りて、或ゐは祭りの棚にともし、或は町家の軒にともし、
又聖霊の塚におくりて石塔の前にともす。(お盆のことです)
灯籠のかざり物、或は花鳥或は草木、さまざましほらしく(可憐に)作りなして、
其の中にともし火ともして夜もすがらかけおく。是を見る人、道もさりあへず(行き過ぎ難い)、
又其間に踊子どもの集り、声よき音頭に頌哥(しょうが)出させ、
振りよく踊る事、都の町々上下皆かくの如し。


 天文戊申(てんもんつちのえさる)の歳、五条京極に萩原新之丞といふものあり。
近きころ妻に後れて(さきだたれて)、愛執(あいしう)の涙袖にあまり、
戀慕の焔胸をこがし、ひとり淋しき窓のもとに、ありし世の事共思ひ續(つゞ)くるに、
いとゞ悲しさかぎりもなし。

聖霊祭りの營も、今年はとりわき此妻さへ、無き名の数に入りける事よと、
経讀み、回向して、終(つゐ)に出てあそばず。

友だちのさそひ来たれども、心たゞ浮立たず、
門(かど)にたゝずみ立(たち)てうかれおるより外にはなし。


  いかなれば立もはなれず面影の身にそひながらかなしかるらむ

とうちながめ、涙を押拭ふ。

牡丹灯篭 道

十五夜の夜いたく更けて、
遊びありく人も稀になり、物音も静かなりけるに、一人の美人、その年廿ばかりとみうるが、十四五ばかりの女の童に美しき牡丹花の灯籠持たせ、さしもゆるやかに打過る。

芙蓉のまなじり(蓮の葉のような広くて長い目もと)あざやかに、揚柳(やうりう)の姿たおやかなり。かつらのまゆずみ、みどりの髪いふはかぎりなくあてやか也。

萩原、月のもとに是を見て、
是はそもそも天津乙女(あまつおとめ)の天降(あまくだ)りて、人間に遊ぶにや、龍の宮の乙姫のわだつ海より出て、慰むにや、誠に人の種ならずと覺えて、魂飛び心浮かれ、みづからをさへとゞむる思ひなく、めで惑ひつゝ後ろに随ひて行く。

前(さき)になり後(あと)になりなまめきけるに、一町ばかり西のかたにて、かの女うしろに顧みて見て、すこし笑ひていふやう、みずから人に契りて待侘びたる身にも侍らず。唯今宵の月に憧れ出て、そゞろに夜更け方、歸る道だにすさまじや。送りて給かしといえば、萩原やをらすゝ進みていふやう、君歸るさの道も遠きには、夜深くして便なう侍べり。某(それがし)のすむ所は、塵塚たかく積りて、見苦しげなるあばらやなれど、たよりにつけてあかし給はゞ、宿かし参らせむと戯ぶれば、女打笑みて、窓もる月をひとり詠めて、あくるわ詫びしさを、嬉しくもの給ふ物かな。



牡丹灯篭 園朝. ふたり

情によはるは人の心ぞかしとて立もどりければ、萩原喜びて女と手を取組みつゝ家に歸り、酒とり出し、女の童に酌とらせ、すこし打飲のみ、傾(かたぶ)く月にわりなき言の葉を聞くにぞ、今日を限りの命ともがなと、兼ての後ぞ思はるゝ。
(わすれじのゆくすゑまではかたければけふをかぎりの命ともがな・古今集を踏まえて) 萩原、
 また後のちぎりまでやは新枕
    たゞ今宵こそかぎりなるらめ

といひければ、女とりあえず、
 
 ゆふなゆふなまつといはゞこざらめや
    かこちがほなるかねことはなぞ
かこち顔:うらめしそうな顔つき

(上の挿絵は「圓朝の牡丹灯籠」挿絵です、同怪談名作集より)
と返しすれば、萩原いよいよ嬉しくて、互いにとくる下紐の、結ぶ契りや新枕、交わす心も隔てなき、睦言まだ盡なくに、はや明方にぞなりにける。萩原、その住給ふ所はいづくぞ、木の丸殿にはあらねど名のらせ給へといふ。女聞て、みずからは藤氏(ふじうぢ)のすゑ二階堂政行(にかいだうまさゆき)の後也。其此は時めきし世もありて家栄え侍べりしに、時世うつりてあるかなきかの風情にて、かすかに住侍べり。父は政宣(まさのぶ)、京都の乱れに打死し、兄弟みな絶て家をとろへ、我が身獨り女のわらはと萬壽寺のほとりに住侍り。名のるにつけては耻かしくも悲しくも侍べる也と、語りける言の葉やさしく、物ごしさやかに愛嬌(あいぎやう)あり。

すでに横雲たなびきて、月山の端に傾(かたふ)き、ともし火白うかすかに残りければ、名ごり盡せず起き別れて歸りぬ。

それよりして日暮るれば来り、明がたには歸り、夜毎に通い来ること、更にその約束を違(たが)へず。萩原は心惑ひてなにはの事(事の次第)も思ひ分けず、唯此女のわりなく思ひかはして、契りは千世も變らじと通ひ来る嬉しさに、晝(ひる)といへども又こと人に逢ふ事なし。斬(かく)して廿日余り及びたり。




というところで、続きは次回に にほんブログ村 本ブログ 古典文学へ 
 予告をすこし
  ・・・そんなある日、隣に「物に心得たる翁」が住んでおりまして、その翁が怖ろしい忠告をするのです

参考文献

 怪談名作集 より原文(底本明記なし)
   日本名著全集 第一期出版 江戸文藝之部
第十巻 怪談名作集 日本名著全集刊行會
昭和二年十月七日印刷
昭和二年十月二十日発行


牡丹灯籠 伽婢子 新日本古典文学大系 75 
〜ここより引用。記事本文の括弧内に随時読み仮名・注釈を加えました












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