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  無弦弓 牡丹灯篭〜伽婢子「とぎほうし」または「おとぎぼうこ」其の弐

  無弦弓

                       吾生まれて世にはぐれたる迷ひ子の・・ゆるり、ふらり、と独り言 戯言 〜〜日本の古典文学と詩歌を読みすすめています

キーワード:牡丹灯記 剪燈新話  過去記事もくじ 怪談もくじ
 
お盆の頃、十五夜の夜に萩原新之丞(はぎわらしんのじょう)は牡丹灯籠を女童にもたせながら道を行く美しい女に会います。
夜毎に訪れて明けては帰ってゆく、契りは固く萩原は夢中になるのですが、ある日、隣に住む翁が恐ろしいものを見たのです。
翁が壁の隙間からみると・・・白骨が萩原とさしむかいで座っている。萩原が話しかけると、しゃれこうべ(髑髏)がうなづいて、口らしきところから声が響いてくるではないですか・・以下原文は「怪談名作集 伽婢子 牡丹灯籠」より

牡丹灯籠白骨


隣の家によく物に心得たる翁のすみたるが、萩原が家にけしからず(不思議なことに)わかき女の聲して、夜ごとに哥うたひ、笑ひ遊ぶ事のあやしさよと思ひ、壁の隙間より覗きて見れば、一具(いちぐ)の白骨と萩原と灯(ともしび)のもとに差向ひて座したり。萩原物云へば、かの白骨手あしき動き髑髏(しやれかうべ)うなづきて、口とおぼしき所より聲響き出て物語りす。
翁大(おほき)におどろきて、夜の明るを待ちかねて萩原を呼よせ、此程夜毎に客人ありと聞ゆ。誰人ぞといふに、更に隠して語らず。

(髑髏なのですが、なんだかとぼけて可愛らしく見えますね)


日翁のいふやう萩原はかならずわざわひあるべし。何をか包むべき。今夜壁より覗き見ければ、かう/\侍べり。凡そ人として命生(いき)たる間は、陽分至りて盛に清く、死して幽霊(ゆふれい)となれば、陰氣はげしくよこしまに穢るゝ也。此故に死すれば忌(いみ)深し。今汝は幽陰氣(ゆういんき)の霊とおなじく座して是を知らず。穢れてよこしまなる妖魅(ばけもの)と共に寝て悟ず。忽ち眞精の元氣を耗(へら)し盡して、性分を奪はれ、わざはひ来けり、病出侍べらば、薬石鍼灸(やくせきしんきう)のをよぶ所にあらず。伝尸癆瘵(でんしろうさい)の悪証を受け、まだもえ出る若草の年を、老先長く待ずして、俄に黄泉(よみぢ)の客となり、苔の下に埋もれなん。諒に悲しきことならずやといふに、

萩原始めて驚き、恐ろしく思ふ心づきてありの儘に語る。牡丹灯籠魂屋



聞て、萬壽寺のほとりに住といはゞ、そこにゆきて尋ね見よと教ゆ。

萩原それより五条を西へ、万里小路(までのこうぢ)よりこゝかしこを尋ね、堤の上柳の林に行めぐり、人にと問へども知れるかたなし。日も暮がたに萬壽寺に入て暫く休みつゝ、浴室の後ろを北にゆきて見れば、物ふりたる魂屋(たまや)あり。差寄りて見れば、棺の表に二階堂左衛門尉政宣が息女彌子吟松院冷月禅定尼とあり。かたはらに古き伽婢子(とぎぼふこ)あり。うしろに浅茅(あさぢ)といふ名を書たり。



魂屋:霊殿。みたまや、おたまや。
伽婢子(とぎぼふこ):源話は「盟器婢子」。「盟(明)器(めいき)」は中国古代からの風習としての死者への副葬品。「婢子(ひし)」は婢女の意で、埋葬時に添えられた人形のことか。「伽婢子トギボウコ<又云露払。本名天倪(アマカツ)>」(書言字考)、「ハウコ 大きな人形」(日葡)。




棺の前に牡丹花の灯籠の古きを懸けたり。疑ひもなく是ぞとおもふに、身の気よだちおそろしく、跡を見返らず、寺を走り出て歸り、此日比めで惑ひける恋もさめ果て、我が家も恐ろしく、暮るを待かね明るを恨みし心もいつしか忘れ、今夜もし来らば、いかゞせんと、隣の翁が家に行て、宿をかりて明しけり。さていかゞすべき愁へ嘆く。

翁教えへけるは、東寺(とうじ)の卿公(きやうのきみ)は行学兼備(ぎやうがくかねそなへ)て、しかも験者の名あり。急ぎ行て頼み参らせよといふ。
萩原かしこまうでゝ対面をとしげに、卿公仰せけるやう、汝は妖魅の気に清血を耗散し、神魂を昏惑せり。今十日を過なば命は有るまじき也とのたまふに、萩原ありの儘に語る。卿公すなはち符を書き與へ、門におさせらる(お符を書き与え、それを門へ張らせた)

それより女 二たび来らず。




牡丹灯籠ラスト


五十日ばかりの後に、或日萩原東寺にゆきて卿公に礼禮拝して、酒に酔ひて歸る。

さすがに女の面かげ戀しくや有けん

萬壽寺の門前近く立寄りて、内を見いれ侍べりしに、忽ち前にあらはれ、甚だ恨みていふやう、

此日比契りし言の葉の、早くも偽りになり、薄き情(なさけ)の色見えたり。初めは君が心ざし、淺からざる故にこそ、我身を任せて、暮に行きあしたに歸り、何時まで草のいつ迄も、絶せじとこそ契りけるを、卿公とかや、なさけなき隔のわざはひして、君が心を餘所(よそ)にせし事よ。今幸に逢まゐらせしこそ嬉しけれ。此方へ入給へとて、

萩原が手をとり、門より奥に連れてゆく。召連れたる萩原が男は、肝(きも)を消し恐れて逃げたり。家に歸りて人々につげければ、人皆驚き行きて見るに、萩原すでに女の墓に引込まれ、白骨と打重なり死してあり




寺僧たち大にあやしみ思ひ、やがて鳥部山(とりべやま)に墓を移す。

その後雨降り空曇る夜は、萩原と女と手を取組み、女の童に牡丹花の灯籠ともさせて出てありく。

是に行逢ふ者は重く煩ふとて、あたり近き人は怖れ侍べりし。
萩原が一族これを嘆きて、一千部の法華経を讀み、一日頓寫の経を墓に納めてとふらひしかば、重ねて現れ出ずと也。



本文終了です。
次回は伽婢子より『百物語の事』と行きましょう。
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牡丹燈記
    挿絵は「剪燈新和牡丹灯記 明本」より

さて、この牡丹灯籠の元になったお話しは「剪燈新話」にある「牡丹灯記
『新日本古典文学大系75 伽婢子』の末尾には「剪燈新話句解」のものが掲載してあります。全文漢文ですが、ご興味のある方は最寄の図書館で御覧になれます。
怪談名作集の中には『剪燈新話 明刊本』よりの書き下し文が付いています。
漢文原文を十分に解読できない私にはなんともありがたい本です。

「伽婢子の牡丹灯籠」本文中 陽分 陰氣 という記載があります。陰陽道を思わせます。(が、伽婢子の序文は儒教と係っています・後述)
このあたり、怪談名作集掲載の「牡丹灯記 剪燈新話書き下し文」から書き出してみます。

「人は乃ち至盛の純陽、鬼は乃ち幽陰の邪穢、今子幽陰の魅と同じく處ゐて知らず、邪穢の者と同じく宿して悟らず。一旦眞元耗盡せば、灾禍來臨せん。惜しいかな、子青春の年を以て、遽に黄壌の客とならん。悲しまざるべけんや。」

「伽婢子序」書き出しは
夫聖人は常を説いて道ををしへ・・で始まります。
夫聖人は儒学で理想とする智徳兼ね備えた人物、と新大系解説にあります。

また最後の萩原と女の幽霊が連れ立って歩き、それを見た人間は「重くわずらう」というあたり、百鬼夜行にあうとその毒気にあてられて寝込むという今昔物語等の展開に近いのですが、元話である「牡丹灯記」のほうは随分違います。法華経が出てくるのも「伽婢子」〜日本独自の展開です。
この違いは書き出したらキリが無いのでこのあたりでやめましょう。限りなくマニアックな世界へ迷入したくなるお話でした。




牡丹灯籠 伽婢子 怪談名作集 より原文(底本明記なし)
   日本名著全集 第一期出版 江戸文藝之部
第十巻 怪談名作集 日本名著全集刊行會
昭和二年十月七日印刷
昭和二年十月二十日発行  画像は怪談もくじにあります


牡丹灯籠 伽婢子 新日本古典文学大系 75 
記事本文の括弧内に随時読み仮名・注釈を加えました












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